勧学祭の思い出

 2月11日、建国の日・・・祝日だ。最近では国旗を出す家は少なくなっているが、私の近くではしっかりと掲揚されるお堅い家がある。今朝も、その家の玄関に日の丸を見つけて、慌てて事務所前に出した。

 この日、我が町内では、お宮さんで今年小学校に入学する子供たちの勧学祭が行われる。我々の時代には十人前後はざらでざらあったが、最近は一人二人…
、敗戦より独立の昭和25年? 御紋の入った白黒の天幕のめぐらされた拝殿。雪が吹き込んでいた。わからない神主様の祝詞を伏せた頭の下から目だけを上にして…でも何にもわからなかった。お祓いを受けて、しっかりお勉強するように…とおつむぼんぼんしてもらって、帳面と、鉛筆をもらった。今のざらばん紙を茶色くしたようなノート、紙には藁が所々覗いていた。親鳥の羽の下からヒヨコが顔を出している絵が記憶に残っている。

 この帳面、もちろん大切に使ったけれど、鉛筆が引っかかってよく破れた。消しゴムはなく、指先に唾をつけてこすったけれど、消えるまでに破れ泣きだしたことを思い出す。鉛筆の芯の中には石が残っているような感じ。でも、他にノートの記憶はない。大切に大切に使った。ノートは茶色のもの…とばかり思っていた低学年時代。いつから白い紙になったのだろうか。今のトイレットペーパーの方がずっと強い。何にもない時代だったから、いただい帳面は字中の人たちの気持ちが伝わったしうれしかった。

 勧学祭で神主さんに撫でていただいた頭の手…神様の手と信じていた。しっかり先生のお話を聞いて、お勉強を…というようなことを聞かされたのだと思う。

 スマホ一つで世界がわかる時代、今日お詣りした子供、果たして神様を信じるだろうか…。ノートや鉛筆すらなかった時代があつたこと、人の話が聞けるようになったら知ってほしい…と思う。
自体はすっかり変わっている。学力テストにおいて、点数にこだわらない・・・とされる学校の先生方だが、一般の多くの親は先生方を頼りとしているのです。よろしくお願いします。