もう会えない

 昨日、突然に、約50年来の友人がやってきた。今までちょこちょこと訪ねてくれてはいたのだが、私が病気になってから、頑張れ頑張れと、時折励ましに来ていてくれた。昨日、貌を見るなり、「元気そうでよかった。もう一度会っておきたいと思って…」と、涙ながらに手を握り締めてくれる。「どうしたの?」と聞く私に、「免許証を愈々返そうと思う…」といきさつを話してくれた。突然に目の前の信号が二重にみえるようになった。信号の色は赤、怖くなってもう動けなくなった。今がその時…と免許証の返納を決めたのだという。

 あんたにはお世話になった、この人には、嫌わてもついて行こう…としゃにむに人生を泳いできた。一度は子どもを連れて死ぬと覚悟して東尋坊に向かったこともある。涙をこぼしながらいろいろと話が続く。いよいよ免許証を返したら、もう会いにこれなくなる。私は、彼女がどこに住んでいるのかは知らない。私も動くことはできない。で、「幾つ?」と聞いてみた。86歳だそうな・・・

 無理もないだろう年齢、わたしは車に乗れなくなって、車検を受けたままバッテリーが上がってしまっている。高齢者の事故多発で危険は十分知っているものの、やはり乗れなくなるという事は、不自由この上ない。歩くこと、立つことさへも不自由な私が、免許を返す気になれないのだから、彼女の気持ちはよくわかる。気持ちの残り少ない時間に、「会っておきたい」と思っていただけたことにジーンと熱いものを感じた。