我町内でも最近いろいろな葬儀形態で、世も変わったなぁ…という感じ。今までだったら、亡くなればまず自治会長さんに連絡して、町内に放送でお知らせが入る。故人とお付き合いのあった方々はそれぞれの申し合わせによって、ご当家にお悔やみ、お供え、お手伝い…と、最後だからと万障繰り合わせてお参りされます。昔からの田舎の助け合いでしょう。どんな不幸せにあっても、火事とお葬式は放ってはおけない…と互助精神が発揮されていたものと思います。
しかし、最近、当家から、お手伝いは結構です…という声が出るようになった。勿論式場も、家でなくお寺でもなく、遠く離れた葬祭場で行われる。当然のことながらお参りする今までなじみの町内の方は少ない人でしかない。葬祭場でどんなに立派に営まれても、ご当人にとってはどうなんだろう? 告別式当日の早朝6時から、全町内の家々からお悔やみにお参りされるのだが、それも受けない…とお知らせが入る。誠に寂しい限り。知らないところで面識のない人々に送られて・・・
一昨年、大津市で友人のお葬式に参列した。葬祭場であったが、霊柩車が出棺するときには、「●●さん、ありがとう・・・」と大きな声でお別れを言うなじみの人々。こんな形で送ってもらえたら…それもご本人の生き様と言えばその通りなのだが、大きな声でどんなにしんどい仕事でも骨惜しみせず、地域のために働いていただいた先人の最後、心から手を合わせお礼申したい…と思っている人は沢山いる筈、簡単簡単ばかりでなく、もっと身近に…送るやり方を考え直すべきと思うのですが、如何でしょうか。
午後1時30分、会議にやれやれ間に合った…と飛び込んだのに顔ぶれがちょっと違う? おや?、私の行く会合は午後7 時30分?…道理でね、見間違いか聞き間違いか、認知症の始まり?…主人には内緒にしておきます。 今日の新聞トップは、「小沢一郎氏 無罪…」それだけでまたややこしくなった。と、誰もが感じたことでしょう。