味噌の仕込み

2018-12-16

毎年この頃になると我が家ではお味噌を仕込む。来年の5月以降、一年間食べるみそ。代々主婦の大切な仕事としてその作り方を教わってきた。最近になって便利なものがいっぱい出てきて、まずは麹を作るのも簡単にできるようになった。先ず保温すること、保温には、ぬかを入れたには、てごに湯たんぽを入れてその上に麹菌を混ぜた蒸し米を、重に広げて布団をかぶせ3日間温度管理に腐心した。だが今では。炬燵がその役目を果たしてくれる。

 麹ができればしめたもの、大豆1升に米一升分の麹で倍麹、(米に菌が付くと嵩が増えるため)となる。お塩の量は、減塩仕込みで豆1升に塩4号…これが保存上ベターだ。我が家では一年のおしまいにこの味噌を仕込んで「やれやれ…」となる。お味噌の仕込みが終わると、≪これで来年一年は食べられるよ…私がいなくなっても…、≫と毎年毎年口癖のように繰り返してきた。(母もずっと言い続けて一年の荷を下ろしていた。当然お婆ちゃんもそうだったのだろう。) 今年は息子夫婦と主人が手伝ってくれた。
近所の家と大きな臼を出して杵で突いた。餅つきのように一緒に作業した昔の味噌つきから思うと、わずかに1時間の作業だつた。やれやれ…です。

駐車場に…?

2018-12-14

県庁周辺かどんなに変わるのか? 県庁前の滋賀会館後にはNHK放送局の工事が始まった。北側には、今までの体育文化館がきれいさっぱり、広々とした空き地に…教育会館はそのまま・・・計画では、この辺り一帯は、滋賀県の福祉拠点として、リハビリ養成の学校を始め、県内の福祉団体が集中して拠点を構える予定だったのだが…。

 計画は変わっていないというものの、現教育会館の明け渡しが民事訴訟に発展してしまっている。これに年月が必要なため、現在整備できた面積の中で、教育会館の立ち退きが決着つくまで、一年の契約として活用してもらおうというもの。辺り年間約500万円の収入が見込めるという。一年でけりが付かなければ、契約の継続を続けるようだ。
厳しい財政の中では、何にも使わずに空き地のままではもったいないというもののようだが、仕方ないものの有効活用とは言い難い。

 県が使い道を決めたのなら、引き延ばしの口実を与えているようなもの、ずるずる、ずるずる・・・にならなけばいいが。このままでは、県庁周辺に活力は感じられないのだが…。、

異変

2018-12-13

 今年の夏はことのほか暑かった。毎朝の仕事、豆腐製造のことだが、秋になっても新しい大豆の入荷はまだない。使っているものは29年産の近所の集落営農さん、の大豆。ちょうど9月の頃より豆腐のかたまり具合がおかしくなった。辛抱して使う豆の量を増やしたり工夫をしていたのだが、月が進むごとによろしくない。

 少し離れた地域の収穫感謝祭に、とりたての大豆で豆腐を作ってみんなで食べるんだ…と持ち込まれたものは、とてもいい出来栄えだったのだが…。いつも購入している集落営農さんは、「今年は思わしくないので…」と断りが来た。我が家の大豆も同様だ。大豆播種期水漬かりになった湖辺一帯。撒きなおしたのだが、てんでダメ。環境こだわりに取り組んでから、もう16年になるが、こんなことは初めてだ。だが、外国産大豆を使う気持ちはない。

 失敗作は畑の肥料にどんどん入れてきた。全くの有機肥料。朝から晴天、これ幸いにじゃがいもを起こした。秋いもなのに、今までに収穫したことのない大きな馬鈴薯、腐っていた気持ちも少しは浮かばれたように思う。

悲しい…

2018-12-11

 昨日早朝、昨日早朝同じ稲枝の地域で火災が起こった。5時間も燃えたという。少し離れているので気づくこともなく、朝のニュースで知った。行為者たり世帯で、一人の遺体が見つかったといい、高齢女性が喉をやけどして病院に収容されたという。

 どこ?、だれ? ???
分かったのは、昔稲枝町役場に居たころ、また彦根市役所でもお世話になった大先輩だった。
82歳、そして奥さんは79歳。高齢者二人住まいで、地域がどうかかわっていくか、盛んに問題にされている地域のかかわり。今世の課題をまざまざと見た思いだ。若いころはスポーツマンだった。職員互助会では親善試合の野球大会はいつもピッチャー、色白の秀才さんだったのに…。

その夜、近在で少しの時間のずれはあっても3か所火災が発生していたという。遅れてではあるけれど火事見舞いに、すっかりと焼け落ちていたという。高齢者二人、あるいは一人住まい。隣近所の助け合い、気を引き締めて声掛けあっていこう…どんなに矍鑠としていても、年には勝てない…。

 一般質問、本日の6番目、無事終了。なかなか知事の口は堅かった。「大戸川ダムについて」本日の日経新聞に、国土交通省は、嵐山の治水を検討する会で、桂川に可動式の堤防の設置を決めた。それにより桂川下流の淀川の水量が上がるため、大戸川ダムの本体工事を着手する予定・・・と報道されていた。滋賀に関係ない地域の判断においても、大戸川ダムの必要を認めておられるのに、なぜ滋賀県が判断しない? ・・・ダムいらないとした4府県知事の合意撤回は、滋賀県が言い出さねば…と主張したのだが、ただいま検証中と答弁。

落ちた視力

2018-12-06

 控室に手質問文をプリントする。何回も何回も修正をかけるのだから、紙の消費も半端でない。皆が同様に最終プリントを上げるまで繰り返す…。こんな事無駄だ…と思っていても、再就原稿をください…と言わるといつもそそっかしい私はなおのこと「はい」と言わざるを得ない。

 プリンターに出てきた文章に、大きな文字? 私のじゃない・・・。
大きな文字使うのね…  で、ないと読めないから・・・14?、 少し離れたところから、私は16P・・・へぇー、私は12、目に涙溜めながら読んでます。

よし、私も真似して…とやってみたけど私、13.5Pがせいぜいだった。やせ我慢しなくてもいいのにと内心反省しながらだけど、やたら枚数が多くなるとページめくりに苦労することになる。何せ油っ気のない指先。年にはかなわないなあ…と苦笑する。

、 帰り道、景色がグーンと暗くなってまだそれほどの時間でないのに電気をつけないと対向車が見にくい。ライトを点灯しないままの対向車に、パッシングしたくなる。いやいや、いたずらにあおってはダメダメ…言い聞かせながら無事に帰り着くとホッとする。、冬至前の日の短さだ。

予約制

2018-12-05

 朝からパソコンに向かっていた。頭はもやもやのままだ。近くのハンノキ、大きな葉がことごとく散って坊主に近い。生暖かさが残っているけど、冬到来。吊るし柿をそっとはずして口へ・・・。そろそろ麹を作る時期になってきた。だが、少し暖かすぎる。発酵しすぎて青くなるかも…もう少し寒くなるのを待つことにした。

 質問文がどうにか形ができたことをいいことに、思い立ってパーマ屋さんに電話を入れた。「今日、どこかで入れてもらえますか?」。「今日は久子さん、声がかかるような気がして‥」と愛想よく対応していただけた。つい1週間ほど前、県庁から早く帰れた日「どう?」…」「今日はいっぱい」
予約制をとっておられるお店だから仕方ない。ところが、本日お店に行ってみると、予約外の方がおられたいう。曰く、…お年寄りさんだから、せっかく来られたのに帰ってもらうに忍びなく、待っていただきながらさせてもらおう…優しい配慮でした。

かく言う私も、「誕生日が過ぎて、75歳になられたのですよね。500円引きさせていただきます…」。ありがとうございました。

国体メイン競技場用地は

2018-12-04

 2024年滋賀国体、次第に迫ってくるのに競技場用地の買収が未だ困難なところがあるという。代表質問の中で、まだ一部未買収地があることが明らかにされた。議会が終了して会派の総会の中で、担当部から現況報告がされた。

 はっきりしない口調で、困難な状況に直面していることがわかる。11月末までという約束で今日を迎えている。メイン会場を彦根に決定した根拠は、彦根市の確約書があったからこそ、≪彦根≫と決定したのでなかったのか。あの確約をどう思っている。彦根市は何をしている…

 彦根市選出の議員がここに居ながら、何も言えない、申し訳ないことです。謝るばかりだった。
国体といえば国民の祭り。その祭りに使う用地を土地収用法にかけることは、あってはならんこと。決定したものの責任問題だ。彦根市はどうしている・・・、・・・轟々の非難の中「どうぞ協力してください…」祈るばかりです。残る時間がないのです・・・

随分とご無沙汰

2018-12-03

 一日記帳をさぼると、どうもさぼり癖がついてしまう、ま、いいか、またあした・・・となって温かな寝床が引き寄せる。以前なら、どんなに遅く帰っても、書かなくっちゃ…と思って頑張ったものだが、あたり真っ暗の中で一人残る気力はもうない。質問文を書くのに夜通ししたこともあり、懐かしく思う。

 一年に数回、書かなきゃならないと思う重圧に耐えながら四苦八苦頭をひねる。老いぼれた頭には冴えた文など浮かばない。せいぜい現状への恨みつらみ、これでは質問にはならないのに…議員といえども月末は忙しい。月々の報告会をまとめるのにも時間が必要、視点の定まらないぼうっとした顔であれもこれもと書類を作る。そして参加者との懇談の中で、≪あっ≫と思うことがある。朝から雨、今日はそれをまとめるにふさわしい日かもしれぬ。早朝来客の予定に合わせて事務所に7時から詰めた。

 昨夜は遺族会の皆さんとの懇談会、いつも感じることだが、皆さんは兄弟のごとくに、日ごとの暮らしの中で起きた嬉しかったこと、つらかったこと、出会うたびに我が事のように「良かったね・・・しんどいね…」と同調し合い、また半面、ライバル意識を燃やして「よし、頑張ろう!「」と気持ちを奮い立たせておられる。ただでさへ厳しい競争社会である中に、さもありなん…とうかがい知ることができる。本当に計り知れないご苦労をいただいた戦後の暮らしであったのだろうから…。

賭け

2018-11-26

 昨日大阪万博2025年が決まった。三波春夫さんの1970年のこんにちわ…からすでに50年近く経っている。子供の手を引き抱っこしてバスを連ねて見に行った。農業に目いっぱい汗をかいていたころだからぴちぴち、万博需要というのだろうか、玉ねぎとキャベツがバカ売れした。20Kgの一箱のキャベツ、2500~3000円もした。月給4万円くらいの時のこと。何日か出荷するだけで軽トラが買えた。

 こうした経験から、作付けに賭ける面白さを覚えたが、それ以降、残念ながら大当たりすることはなかった。国内に品が無くなっても、ものの1週間もすれば、海外から入ってくる。相場の高いときには、重みを感じないが、軽トラいっぱいかたぐほどに持って行っても、「ホームラン」で競られてしまうとガクッと来る。ホームランとは、全部でいくら・・・という事。市場の端に積まれたままで引き取り手がない。、

 今年も大豆収穫の時期を迎えているが、集落営農組合から毎年分けてもらっている大豆、「今年はてんでダメ。品質も量も…」とお断りが来た。いつも熱心にされているのに、播種後の雨がたたっているのだろう。まき直しの大豆も寸足らず・・・農業とは、かくも天候に左右されるもの。どんなに機械化なっても、これだけは変わらない。
万博から万博へ…50年。でも、賭けたい思いは今もムラムラ、体力が極端に落ちているにもかかわらず。農業を継ぐと今年結婚した孫に、儲かる醍醐味を味わわせてやりたいのだが、今年の収穫では・・・・期待持てずです。

報恩講に思う

2018-11-25

 この時期になると近在の各お寺さんにおいて、「報恩講」が勤まる。寺においては勿論だが、各家においても一大行事である。お寺でのお勤めが終わると、その後各家において親戚一同集まつて報恩講を勤める。朝からいろいろの手料理を準備して、正信偈をみんなであげてからごちそうになる。赤ちゃんからお年寄りまで・・・その家に縁ある人が集まつて、お仏壇に手を合わせ、感謝の誠をささげる…のだか、こうした集まる機会に話題になるものの一つに選挙の人談議が出ることも常。この年末からは特に話題となるだろう。

 それは別として、報恩講にお詣りする人の年代が、まるで子供や若い人たちが除外されているような気がしてならない。日日多忙でなかなかお詣りできないのも事実だろうが、勤労感謝の日を中心に勤まるお寺さんでの報恩講に、その年代の姿が全く見られない。しかし、高齢者の多いせいでお御堂は満席となる。

 私の小さい頃は、寺の報恩講には親戚の濃い人たちまで声がかかって、いっちょらいの着物を着て一緒にお詣りしたものだ。お婆ちゃんと手をつないで子供がお寺に…ほほえましい姿が当たり前だったのだが、残念ながら日曜学校の子供たちも最近では見なくなってしまった。各地に空き家が、・・・空き家まで赤ちゃんいかなくっても、一人暮らしの家がかなり増えてきた。地域で何ができる…気を付け合うのは周りのお付き合い・・・お寺をご縁に集い合うこと、そして、つながりあうことの必要を切実に感じた今年のお参りでした。

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