TAKATA

2017-06-26
 TAKATAが民事再生法を申請した…朝、県庁に向かう車の中で聞いた。この話、さる16日、寝耳に水の形で飛び込んできた。影響はどうなる? タカダ工場は昭和の初めより、稲枝村彦富の地に地域唯一の工場として多くの人が働いていた。

 タカダ工場の煙突は…と我々は子供のころからはやすように歌っていた。あまりに身近すぎて、今これほどに話題になるほど偉大な工場とは、多くの地元の人は認識していなかっただろう。それだけに、今回の民事再生法の申請、認可いただいて何としても再建していただきたい。国内でもアメリカでも総力挙げて再建に乗り出すという方向性が示されて、疑問を感じながらも有り難い話だと思う。

今後において経営陣の交代は避けられないだろうけれど、時代が求める世界的企業に育て上げられていた高田氏、誇りに思う。タカダ一統の中には同級生の方もいた。(たぶん、創業者はおじさんだったろう。)テレビで流れる社長会見に面影を探しながら、よく頑張られたなぁ…と複雑な思いは隠せない。

落下傘の紐を作っていて、戦時中、辺り一帯に焼夷弾が落とされたこともあり、その薬莢を拾って残しておられる家もある。車社会に必要なもの。時代を見る目を持っておられたのだろう。シートベルト・エアーバック・・・創業来80年余で世界的シェアーを持つ企業、絶対潰さないで頑張ってほしい…。
 

 

様子伺い

2017-06-25
 北朝鮮の動きが、しばらく報道されていない。静かになったのか?  つい先日までは、盛んにミサイルを打ち上げていた。米韓の軍事演習が終了して、ちょっと様子見ということなんだろう。しかし、この間にもアメリカにまでも届くミサイルの開発に余念がないことは当然だろう。この次の米韓の軍事演習は8月とも聞くが、その合同演習がどんな内容となるのか、日本にとってはよそ事で済まされない。

 北朝鮮の気の狂ったドンは、ソウルを火の海に・・・と言っている。その距離わずかに40Kmとか…私が県庁に行くより近い。もし、韓国が攻撃されれば、8,000門前後の長距離砲を配備、1時間当たり50万発数時間にわたり発射可能。地下施設4,000か所、潜水艦90隻、…何とも恐ろしい話だ。

 これらはソウルだけではない。今迄からもミサイルが秋田沖に落下…というニュースは度々、ということはその先に標的があるということ。すなわち日本の重要基地、あるいは日本の一大都市…になるのではと思える。平和連合での講演会で着々と進んでいる北朝鮮のめちゃぶりにあきれながらも、絶対あってはならないこと、避けてもらわねば…と強く思った次第。

集団出稼ぎ

2017-06-24
 多賀に行った。毎月の報告会。帰り道一円の辺り…
暑い一日だったけれど雨は降らなかった。左右の田んぼは麦の刈り取りが済んで、撒かれた麦わらがピカピカと光っていた。転々と…何? 目を疑った。何か塊が置いてあると思ったのは、とんでもないサルの一群。30、50頭 ものすごい一群が一面に広がって麦わらの中から何かを拾って食べている。脱穀時に吹き飛んだ麦を一粒一粒拾っているのだろう。覆われた毛の中に、赤い顔が「サルだ!」これだけの大集団が出稼ぎに出てくるとなると、これは壊滅的。獣害どころでない。

 以前、鳥居本の山間部で、ビニールの買い物袋を提げた親子連れのサルを見たことがあるが、たまった話じゃない。でもちゃんと見張りがいて、他のサルたちは安心して収獲に余念がない。ちゃっかり分業しているんだ…しばらく見惚れていたが、後 から来た車にせかされてそのまま走り去った。この一団を統率しているのはどこのドイツだ。興味のあるところだが、残念ながら見届けることはできなかった。

 午前中は自民党彦根市連協の総会。役員改選で連協会長を受けることとなった。勤まるかどうか不安いっぱいだが、、目指すは次期衆議院選挙、その為にも自民党支援者を一人でも多く御理解を得てゲットしたいところ。

てっぺんが十分でない分、とにかく強力なご支援がお願いしたい。 夜は、自民党稲枝支部総会。恒例とは言うものの、一年に2回程度しか開いていない懇親の場、稲枝3学区集まる中でいろいろの話が聞ける。次なる統一地方選も話題になるかも・・・

 稲枝支部では、研修会として2年に一回は国会研修に出かけているが、東京都庁も築地市場もすでに2回も行っている。本年は日帰り研修の年。賛同していただく皆さんがおられてこそ、にぎやかに活動ができる。小さなエリアだが、うれしいことだ。

傍聴

2017-06-23
 代表質問。我が自民党会派代表は、加藤誠一議員。もともと県職員であった加藤議員、慣れたもの…さすがに1時間となると声もしゃがれてきます。ご苦労様でした。また、チームしがの代表はお若い角田航也議員。若者らしくいい声でしたが、何度も水を口にしておられ、誰がやっても声はカラカラになるもの…と感じました。となると、答弁の知事は、それぞれに約1時間余、今日だけで2時間半ぐらい話し続けられたことになります。すごい体力が必要です。来週より一般質問に入りますが、今度は質問しばなし…というのではなく、緊張の連続の中で意見の応酬があります。三日月知事にとっては、いよいよ4年目、任期の締めくくりの年に入ります。

 議論についてはいろいろ思うところありますが、今日は傍聴について少し書いてみたいと思います。毎議会、傍聴の皆さんが議場にお越しになります。質問議員の応援団として後援会の皆さんであったり、質問内容に併せた関係者であったり、学校の生徒さんたちであったり…

 しかし、いつも思うのですが、生徒さんたちの傍聴時間があまりにも短い。内容を聞き取るところまで行きません。県議会の雰囲気だけを見に来た…程度でしかありません。せめて、質問とその答弁のやり取りを一問でも聞いていただきたい。議会の傍聴は見ることでなく聞き取ることにあると思います。子供たちには特に、子供県議会もやって関心を持っていただこうと努力しているわけですから、より一般的に多くの生徒さんが聞いていただくことを歓迎したいと考えるものです。

思い出して

2017-06-22
 今年に入ってから、日めくりカレンダーに書いてあることわざを抜き書きしよう…と思い立って、本当は毎日の日記の後に書き留めるつもりだった。しかし、視力の衰え認めざるを得ず、顔を洗ったその時に目の前のカレンダーの小さな文字を読みとることが時間がかかるようになっていた。小さな虫メガネを置いていたのだが、息子が「老眼になったのかなぁ・・・小さな字が読みづらい」というので、その拡大鏡を提供。それ以来私は時間をかけても読回不能となってしまった。

 根がずぼらなんだろう…ま、いいか・・・自分で納得して何日ぶんかかためて書こう…それがついつい溜まって1カ月2カ月となってしまっている。このままいけば年内続けることが怪しくなってきた。。

足元の明るい内 ・良い仲には垣・腹が立つなら親を思い出せ・転ばぬ先の杖・備えあれば憂いなし・過ぎたるは猶及ばざるがごとし・百聞は一見に如かず・握れば拳、開けば掌・雨降って地固まる・猫の手も借りたい・腹が減っては戦はできぬ・旨い物は宵に食え・膳部揃うて箸を取れ・便りの無いのは良い便り・青葉は眼の薬・一を聞いて十を知る・水を得た魚・降らぬ先の傘・昨日は今日の昔・一日一善・上り坂あれば下り坂あり・必要は発明の母・雨の夜にも星・竜の雲を得る如し・名のない星は宵から出る・鬼の目にも涙・嵐の前の静けさ・下手は上手のもと・念には念を入れよ・使っている鍬は光る・一葉落ちてから天下の秋を知る・用心は勇気の大半なり・雨だれ石を打つ・咽喉元過ぎれば熱さ忘れる・得難きは時、会い難きは友

 読んだだけで、なるほど…でも、ほとんどはどこかで聞いた言葉。日ごろの会話の中でずいぶんと教えをいただいてきたものだ、毎日記すことは絶望的だが、この一年どうしても続けたい。

やっと降りました

2017-06-21
 昨晩遅くから、待望の雨がポツリ「おっ、雨だ!…」思わず手のひらを上に向けて次の一滴を待った。(何よ、もったいぶって…沖縄は大雨洪水なんて報道しているのに。)
帰りの電車を降りた時、すでに9時半を回っていた。この日我が家では、やっと、本当にやっと今年の田植えが終わる日。お天気が随分と続いたお陰て、今年は6月中に植え終わることができた。その夜はごくろうさん会、家族が揃って外食に出かけるのが恒例。予定通り作業終了したらしい。帰り着いた家は、空っぽ、試験中の孫までその姿はなかった。

 6月定例会議開会の後は、議長主催の執行部との懇親会。琵琶湖ホテルに集った。もちろん執務時間が終わってからだけれど、最近の乾杯は、地酒で乾杯…昨晩は甲賀の「道灌」…私にお酒の味はわからないけれど、皆さんの会話の弾みを見ると上々のようだった。

年末の閉会後には、知事主催において同様の懇親会が恒例。緊張はしばらく、・・・席があちこちに移動し始めると。次第に隣の声も聞こえづらくなる。議会質問をぶら下げ探りの話もあろうし、今議会では西島副知事の再任が議決されたものの、もう来年は知事選挙。話題には事欠かない。議員の任期もすでに半分を切っている。各自治体の選挙も様々あって…でもその中に厳しい批判の声も聞かれる。

 本日の事務所への来客、他所からのご批判は、素直に受けた方がよい。閉じ込めようとしても漏れ出しているのがよくわかる。久し振りの雨、頭悩ます話も、ほっとする話も…いい潤いでした。

ショック

2017-06-19
お昼過ぎ、事務所にいた。一台の車が止まった。見慣れた顔、でも、運転が違う、娘さんに乗せてもらって…「どうしはったん? 」  病院に行ったんだという。へぇ?、悪いの・・・いつもいつも威勢よく闊歩していた人だけに、信じられないところであるが、で、どうやったん?

お医者さんが大嫌いの人。その人がお医者さんに行ったのだから余程囲繞を感じていたのかもしれない。最近、いろいろの行事にもあまり顔を見ることがなかったかなぁ…と思いだしている。なんか声がかすれて…と近くのお医者さんにかかっていたが、はっきりしない。紹介状をいただいて長浜病院に連れて行ってもらったとか…。

喉頭がん、月末入院して7月初めに早々手術…。で、なんで長浜病院なんや、彦根ではわからんかったんか、紹介したお医者さん、彦根はなぜ紹介先にならんかったの? これから入院となると近い方がいいのに…それよりも、もっと大切な医療技術的なことが長浜の方がいい評価を得ているのかしら…

 知り合いの病気発見と同時に、また彦根市立病院の実態が気になる。しかし、病人の立場からすると、遠近よりも確実に治していただける信頼の方が大事、何かにつけて信頼しきってお付き合いしていた仲間であるだけにそんな年齢になっているんだなぁ…とつくづく。早く見つかったことを良しとして、全開されることを心から祈る。

?誰の事?

2017-06-18
 昨夜、いつものように仏様にお詣りした。お勤めを済ませてろうそくが残り少なかったので消えるまでお仏壇の引き出しを開けた。この夏、お寺のごえんさんが、家で今使っていない不要となったお経の本や数珠を檀家から集めて供養をするから…と話しておいでだったのを思い出し、それらを探す思いて中を見た。

 いつも開けている引き出しであったのに、中に不思議な法名を見つけた。色が黄ばんだ一枚の紙、「昭和13年5月18日 法名釋貞駿 戦死」・・・とある。

 はて、誰だろう…我が家で戦死した人がいる…とは一度も聞いたことはないし、遺影の中にもそんな人はいない。でも、戦死と書いてある。
昭和13年、何があったのか? しかも㋄…ひょっとしての想いがあって調べてみた。
昭和13年5月19日 徐州陥落・・・とあった。

 5月18日はその前日だ。私の父は満州に行っていたことは聞いていた。そして、自分の馬が敵弾を受けて死んだこと、動けなくなっても、何度も何度も立ち上がりよろけながら撤退する部隊を追って倒れながらついてきたことを。ヒヒーンとなく声を聴きながら一緒に・・・、逃げる部隊との距離が遠のいていた。戦友の一人が、暗闇の中を「おーい、西村…」と探しに戻ってくれ。手を合わせながら馬と別れた…と。自分の身代わりに弾に当たって…

 一晩寝ながら考えて、多分その馬の名前だろうと…だって、「釋 貞駿」とある。駿の字・・・

父は晩年僧侶になった。本山に上がり、衣を着て戦友の家を訪ねたりしていた。誰にも言わずに仏壇の中に法名を書き入れたのだろう。父の身代わりになってくれたこの法名の主に、こみ上げる思いを持ちながら今夜から手を合わそうと思う。

初めての関西広域連合

2017-06-17
 心配していた関西広域連合議会、滋賀県議会を代表して、4人の議員の一人として出席しました。いつもお勤めいただいている議員が、滋賀県議会定例会議前の全員協議会で報告をしていてくださいました。が、正直言って余程のことがない限り聞き流し・・・であったと反省しています。近畿圏だけを見ても、観光ではずば抜けた誘客を誇示している奈良県が、部分参加だけでは…本当の働きができるのか…と疑問を持っていました。(今回全面参加となって、シンボルマークが設定され、本日バッチが配布されました。せっかくいただいたからには、と衿に漬けました。しっかりしなきゃ申し訳ないぞ…と言い聞かせて。)

 次回7月9日の本会議で役職が決まるのですが、決定までの議事進行は規定により、最年長者が務めることになります。・・・と、ここまで話のあった時、??? とっさに、「ひょっとしてその年長者わたし? 」とびくっとし、慌てて議員名簿の年齢に目を走らせました。よかった、もう一人私より2歳年配の議員さんがおられてほっと・・・そりゃそうだわ、もしそんなことだったら、議会事務局さんがしっかり連絡いただいていたものを…となるとおかしく、フフフ….いつの間にかどこに行っても年長者になっている身に責任を苦しく感じています。

 とにかく初めての会議場でした。後の懇親会、お茶をコップ一杯とピーナツ少々、会費1000円ですもの、話だけは弾んで、でも紹介するのに、今話題になっているシートベルトとエアーバックの高田工場の本拠地の彦根出身です… ホウ、大変ですね、でも世界に名だたるタカダですから、いい再起が図れるといいですね…  本当にそうあってほしいです。…

タカダ倒産?  

2017-06-16
 夕方、偶然付けたテレビから、「タカダ倒産、負債総額1兆円」・・・とんでもないニュースが飛び込んできた。昼過ぎに、近在の市会議員からスマホに出ていた…と知らせは入っていたが…まさかのまさか…です。

 シートベルト。エアーバック…車社会の必需品として目覚ましい発展を遂げてきた。私たちの稲枝で唯一の会社。たくさんの会社員さんがおられ、ことが本当なら大変なことになる。タカタエアーバックによる過去による事故が報道されていたことは知っていたが、・・・

 タカダ工場の煙突は 高くて長くてよいけれど 吐き出す煙は真っ黒けのけ・・・はやすように歌っていた。・・・戦時中には落下傘の紐を作っていたということで空襲の対象にもされ、焼夷弾がこの近在にも落とされていた。多くの人の働き場として、お世話になった人は数えきれない。同級生にも会社経営者の身内の方もおられたが、今はどうされているのかは知らない。私も若い頃会社食堂に野菜を納品していた経験も持つ。米以外でも収益を得ることを知ったきっかけでもあった。働き場として人々は会社勤めをし高田工場の地域への貢献度は抜群。

 シートベルトを作られるようになってからの躍進は目覚ましく、生産は海外に分散していったように思う。3年前の年末総選挙の時、選挙事務所にいる私のところへ、アメリカからの記者が「タカダ工場の発祥の地」での話を聞きたい…とこられたことを思い出す。すでにタカダの事故については報道されていた頃、「危ないんですか?」と聞く私に、「倒産まではいきません、大丈夫。タカダのシェアーはこの車社会、なくてはならない存在。世界的大企業です。」‥…信じていたのに…

民事再生法適用を申し出ておられるとか…多くの関連会社や下請け業者もおられ、心配なことである。どのくらいの影響になるか、勤務時間後であったけれど、県庁担当部に電話を入れた。まだご存じなくて、影響を探ってほしい、とお願いした。…今回の事件は、経済的な流れの上に出た倒産ではないのだが、・・・衝撃のニュースであった。
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